歳三のベトナムぶらり旅 第1回
- 執筆者
- 土方歳三
今回の旅の目的は自立だ。場所はどこでもよかったのだが、できるだけ貧困の中で暮らしている人たちの暮らしを肌で感じられるところがよかった。生きているという実感を常に持っているところのパワーを少しでもらうのが今回の旅のテーマだ。
2月20日
行きの飛行機の中でいきなり床に倒れこんで到着するまで起きなかった人がいた大丈夫か気がかりだ。俺の座ってる座席は二階席の一番奥だ。夕方18:00発のベトナム直行便だ。
倒れたひとがきになってみんな寝てない。酒を飲んでよっぱらったんだろう。スチュワ-デスもそんなに目の色変えてないし途中でどこかよる気配もない。台北は先刻通り過ぎた。
飛行機と言うのは最新のヒットチャ-トや未開封の映画をくつろいで見るのにうってつけの場所だ。とりあえず恋愛ものをみておいた。プリティーウーマンも途中までみた。そうするとあっというまにホ―チミンだ。11:30ホーチミン着。暑い。入国検査は軍がやっている。すこし緊張するがすぐ通された。荷物受け取り場所で蚊がいた。
さすが日中二十八度の国だ。ゲートを越えてエスカレーターを降りるて空港をでると黒山の人だかりだ。日本人がそんなに珍しいのかわからないが(これはあとになってわかったことだがベトナムのひとは日本人をカモにしている。)なんでこんなに夜なのに人がいるのか解らない。H.I.S.の人はすぐに見つかった。現地のベトナム人だ。話によると自分以外にも待ってる人は五人近くいるらしい。しばらくすると二人組の男子学生とおばちゃん、それに男女学生六人ちかくが集まった。とりとめもない話をしたのだがどうやらベトナムに来る人の八割はカンボジアとセットで来るらしい。バスがきてみんなを乗せてそれぞれのホテルにいった。
サイゴンプリンスはおちついたインテリア。期待していたよりもじみな造りだ。部屋に入るともっとびっくり。もっとおちついているんだもんなー。
金庫の使い方が解らなくてはやくもフロントに電話した。なんていったらいいのかわからなくて辞書をひきひき答えた。結局金庫は開いたが使い方は解らなかった。ドライヤ―の使い方もわからない。コンセントが入らないので結局つかうのはやめにしてねることにした。就寝1:30。
2月21日
シクロでぼられた!!二時間で二十ドルなんて高すぎる!しんじらんない!!朝9:00起きでホテルをでてとりあえず歩いてみたのだが歩き始めて二十分で迷ってしまった。仕方なく自分のホテルを探したのだが見つからない。自分のホテルも思い出せないし自分がどこにいるかも解らない。地図も持ってない。英語もわからないということで途方のくれているところに先ほどからしきりに声をかけてくるシクロに場所を聞くことにした。しかしなにをきいてるのかもわからないのでとりあえず十ドルで乗ることにした。ホテルにもどるのは後回しにして観光をすることにした。お金はたっぷりあるのでとりあえずは安心だ。
さてシクロに乗ったはいいがどこに行こうか迷っているときにシクロのおじちゃんが何枚かの日本語で書かれた手紙を差し出した。内容は日本人がそのおじちゃんをいかに信用できるかという内容である。よほど自分が信用できない人物なんだとかるく受け流したがその中に有名な場所をかいたメモがあった。これを見せて行先を指示した。最初は戦争資料館だ。シクロというのは乗ってて気分がいい。なにしろベトナムの道というのは信号がどこにもない。曲がるときも直進するときも任意!。行きたいときは風任せ。まさにこの道は自分のためにあると考えてよい。程なく戦争資料館に着いた。かれはなんどもきたことがあるらしく一人で行けという。中にはいると戦闘機やら戦車が無造作に置いてあった。
一枚一枚写真をとって建物に入った。ベトナム戦争の写真があったがよくよくみるとすべて米軍がとったものだ。おそらくベトナム戦争当時ベトナム側には写真をとるだけの余裕がなかったのだろう。となにかビンにはいった物を見つけた。赤ん坊のホルマリンづけだった。これには本当にまいった。
あとあとだがホテルに帰って寝られない位だった。戦争資料館というのは建物五つしかなく、とても狭い。すぐに見終わって外に出た。まだじかんを見ると十時だ。正直いってとてもちゃちい。そのあとこれは俺の趣味だが美術館にいった。
入場料はさっきと同じく一ドル。内容はいたって暗く、戦争中のものを題材にしたものばかりだった。これもあとでわかったことだが、ベトナムの芸術というのはみな一様に暗い。中はだだっぴろいくせにおいてあるのは芸術性に富んでいるとはトテモいえない。二つをみて出した結論はベトナムではこの手の博物館めぐりはしないほうがいい、ということだった。
趣向をかえて市場にいくことにした。彼に君がイツモ食べているものが食いたい、お金はおれがだすから、というと焼肉屋につれていってもらえた。朝の十時だがビ-ルを空けた。ベトナムの市場はとても臭い。あえていうならウンコのにおいというのがただしいだろう。日中三十二度の炎天下の中毎日だす肉が悪くなって異様な臭気をだすのだ。その中で食べる食事がうまいわけがない。食事じたいはうまいのだがにおいがね・・・。
それでもおかわりをしていると子供の物乞いが近くにきてお金をくれとせがむ。ひととおり食事がすんであたりをみてまわることにした。日用品やらなまずやら肉やらが無造作に置いてある。いくつか写真に収めて帰ることにすると彼がみやげ物売り場に連れて行った。これもあとになって本で読んだのだがシクロは自分達とはじめから契約しているみやげ物屋につれていくことがあるそうだ。そこで結局ライターと時計を買ってしまった。
その時計はこわれて東京にかえってから捨てた。
さてホテルに帰ろうとするとシクロのおっちゃんが三十ドルだと言い出した。一難去ってまた一難。一時間十ドルだと言い出したのだ。めちゃくちゃいうなと思ってはなしてみるが二十五ドルにしかまけないと言う。頭にきて二十ドル渡しホテルの場所を聞いて帰ってきた。まだ一時すぎだというのにひどくつかれた。
どうしても旅をするとホテルに依存してしまう。しかし目立つホテルで助かった。一人旅でしかも初めてくるというときには目だってでかいホテルのほうがいい。
すてるかみあればひろうかみあり?こりずに二時間ほどしてからTシャツを買いにいった。三つで五ドルと言う激安店でホーチミンがかかれたシャツを買った。その帰りおれにくっついてポストカードを売りにきた女の子に思い切ってナンパしてみた。答えはOK近くの喫茶店に入って、おれはアイスコーヒー、彼女はアイスクリームを頼んだ。すると彼女は一日十ドルでガイドしてくれると言う。本当だろうか。彼女のおめあては金らしい。
いいよと了解してその日はホテルに帰ってすぐに床に入った。

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