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2000/12/10 Sunday

歳三のベトナムぶらり旅 第1回

Filed under: 公開記事 — admin @ 0:00:36
執筆者
土方歳三

今回の旅の目的は自立だ。場所はどこでもよかったのだが、できるだけ貧困の中で暮らしている人たちの暮らしを肌で感じられるところがよかった。生きているという実感を常に持っているところのパワーを少しでもらうのが今回の旅のテーマだ。

2月20日

行きの飛行機の中でいきなり床に倒れこんで到着するまで起きなかった人がいた大丈夫か気がかりだ。俺の座ってる座席は二階席の一番奥だ。夕方18:00発のベトナム直行便だ。

倒れたひとがきになってみんな寝てない。酒を飲んでよっぱらったんだろう。スチュワ-デスもそんなに目の色変えてないし途中でどこかよる気配もない。台北は先刻通り過ぎた。

飛行機と言うのは最新のヒットチャ-トや未開封の映画をくつろいで見るのにうってつけの場所だ。とりあえず恋愛ものをみておいた。プリティーウーマンも途中までみた。そうするとあっというまにホ―チミンだ。11:30ホーチミン着。暑い。入国検査は軍がやっている。すこし緊張するがすぐ通された。荷物受け取り場所で蚊がいた。

さすが日中二十八度の国だ。ゲートを越えてエスカレーターを降りるて空港をでると黒山の人だかりだ。日本人がそんなに珍しいのかわからないが(これはあとになってわかったことだがベトナムのひとは日本人をカモにしている。)なんでこんなに夜なのに人がいるのか解らない。H.I.S.の人はすぐに見つかった。現地のベトナム人だ。話によると自分以外にも待ってる人は五人近くいるらしい。しばらくすると二人組の男子学生とおばちゃん、それに男女学生六人ちかくが集まった。とりとめもない話をしたのだがどうやらベトナムに来る人の八割はカンボジアとセットで来るらしい。バスがきてみんなを乗せてそれぞれのホテルにいった。

サイゴンプリンスはおちついたインテリア。期待していたよりもじみな造りだ。部屋に入るともっとびっくり。もっとおちついているんだもんなー。

金庫の使い方が解らなくてはやくもフロントに電話した。なんていったらいいのかわからなくて辞書をひきひき答えた。結局金庫は開いたが使い方は解らなかった。ドライヤ―の使い方もわからない。コンセントが入らないので結局つかうのはやめにしてねることにした。就寝1:30。

2月21日

シクロでぼられた!!二時間で二十ドルなんて高すぎる!しんじらんない!!朝9:00起きでホテルをでてとりあえず歩いてみたのだが歩き始めて二十分で迷ってしまった。仕方なく自分のホテルを探したのだが見つからない。自分のホテルも思い出せないし自分がどこにいるかも解らない。地図も持ってない。英語もわからないということで途方のくれているところに先ほどからしきりに声をかけてくるシクロに場所を聞くことにした。しかしなにをきいてるのかもわからないのでとりあえず十ドルで乗ることにした。ホテルにもどるのは後回しにして観光をすることにした。お金はたっぷりあるのでとりあえずは安心だ。

さてシクロに乗ったはいいがどこに行こうか迷っているときにシクロのおじちゃんが何枚かの日本語で書かれた手紙を差し出した。内容は日本人がそのおじちゃんをいかに信用できるかという内容である。よほど自分が信用できない人物なんだとかるく受け流したがその中に有名な場所をかいたメモがあった。これを見せて行先を指示した。最初は戦争資料館だ。シクロというのは乗ってて気分がいい。なにしろベトナムの道というのは信号がどこにもない。曲がるときも直進するときも任意!。行きたいときは風任せ。まさにこの道は自分のためにあると考えてよい。程なく戦争資料館に着いた。かれはなんどもきたことがあるらしく一人で行けという。中にはいると戦闘機やら戦車が無造作に置いてあった。

一枚一枚写真をとって建物に入った。ベトナム戦争の写真があったがよくよくみるとすべて米軍がとったものだ。おそらくベトナム戦争当時ベトナム側には写真をとるだけの余裕がなかったのだろう。となにかビンにはいった物を見つけた。赤ん坊のホルマリンづけだった。これには本当にまいった。

あとあとだがホテルに帰って寝られない位だった。戦争資料館というのは建物五つしかなく、とても狭い。すぐに見終わって外に出た。まだじかんを見ると十時だ。正直いってとてもちゃちい。そのあとこれは俺の趣味だが美術館にいった。

入場料はさっきと同じく一ドル。内容はいたって暗く、戦争中のものを題材にしたものばかりだった。これもあとでわかったことだが、ベトナムの芸術というのはみな一様に暗い。中はだだっぴろいくせにおいてあるのは芸術性に富んでいるとはトテモいえない。二つをみて出した結論はベトナムではこの手の博物館めぐりはしないほうがいい、ということだった。

趣向をかえて市場にいくことにした。彼に君がイツモ食べているものが食いたい、お金はおれがだすから、というと焼肉屋につれていってもらえた。朝の十時だがビ-ルを空けた。ベトナムの市場はとても臭い。あえていうならウンコのにおいというのがただしいだろう。日中三十二度の炎天下の中毎日だす肉が悪くなって異様な臭気をだすのだ。その中で食べる食事がうまいわけがない。食事じたいはうまいのだがにおいがね・・・。

それでもおかわりをしていると子供の物乞いが近くにきてお金をくれとせがむ。ひととおり食事がすんであたりをみてまわることにした。日用品やらなまずやら肉やらが無造作に置いてある。いくつか写真に収めて帰ることにすると彼がみやげ物売り場に連れて行った。これもあとになって本で読んだのだがシクロは自分達とはじめから契約しているみやげ物屋につれていくことがあるそうだ。そこで結局ライターと時計を買ってしまった。

その時計はこわれて東京にかえってから捨てた。

さてホテルに帰ろうとするとシクロのおっちゃんが三十ドルだと言い出した。一難去ってまた一難。一時間十ドルだと言い出したのだ。めちゃくちゃいうなと思ってはなしてみるが二十五ドルにしかまけないと言う。頭にきて二十ドル渡しホテルの場所を聞いて帰ってきた。まだ一時すぎだというのにひどくつかれた。

どうしても旅をするとホテルに依存してしまう。しかし目立つホテルで助かった。一人旅でしかも初めてくるというときには目だってでかいホテルのほうがいい。

すてるかみあればひろうかみあり?こりずに二時間ほどしてからTシャツを買いにいった。三つで五ドルと言う激安店でホーチミンがかかれたシャツを買った。その帰りおれにくっついてポストカードを売りにきた女の子に思い切ってナンパしてみた。答えはOK近くの喫茶店に入って、おれはアイスコーヒー、彼女はアイスクリームを頼んだ。すると彼女は一日十ドルでガイドしてくれると言う。本当だろうか。彼女のおめあては金らしい。

いいよと了解してその日はホテルに帰ってすぐに床に入った。

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2000/12/9 Saturday

甘えと人間関係

Filed under: 公開記事 — admin @ 0:00:35
執筆者
すー

新たに人間関係が結ばれる際には少なくともその端緒において必ず甘えが発動していると言える。

―土居健郎『甘えの構造』

なぜそう「言える」のだろうか? むしろ一般的には人間関係に甘えは必要ないし持ち込まれるべきではないと言われることのほうが多いのではないか。それとも、端緒においては必要だが、一度関係が成立してしまえば不要になってしまうのだろうか。甘えは排除されるべきなのだろうか?

そもそも甘え排除論者は人間と人間関係一般についてどのような見方をしているのだろうか。私見によれば、甘え排除論は、人間は完全であるべきだという規範と「不完全な子供」/「完全な人間=大人」という対立構造に基づいた人間理解とを前提にしている。子供と大人とは同じ人生のそれぞれ一部であって本来対立するものなどではないように思われる。それにもかかわらず、この二つは単に対比されるばかりではなく、しばしば激しく対立するものとして語られる。この対立の深層にあるのが甘え/自立という対立なのだ。

自立が人間が目指すべき目標として掲げられたのは世界的な流れであって、日本に限定された話ではない。しかし、自立という善に対立する悪として、隷属や搾取ではなく甘えという概念が置かれたところに日本的な特徴があるといえるだろう。ここに幼児期の母子関係に起源を持つ甘えという概念を持ってきたことで、大人/子供の対立はいっそう強化されることになった。

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大人/子供が対立されるものとして扱われる状況にはもうひとつ重要なものがある。それは「人間」としての資格が問題にされるときだ。ここで問題にしているのは、一定の年齢に達していない子供が社会の成員として認められないことではない。人間にとって人間としての資格は、資格を持たない人間もどきではないという信念が自分の自尊心を保持するのに役立つという意味で、しばしば重要な意味を持つ。半世紀前のドイツ人にとってユダヤ人でないということが重要であったように。大人/子供という区別もまたそのひとつの例であるが、時に他の区別を説明するメタな基準として使われてきた。例えば、アメリカでは黒人男性が年齢を問わずに「ボーイ」と呼ばれた時代があったし、現在の日本でも、男性を「ファミリーネーム+さんづけ」、女性を「ファーストネーム+くんづけ」で呼ぶような例は残っているかもしれない。

だが、こうした差別はなくなりつつあるので、大人/子供の区別も重要でなくなるのだろうか。いや、平等への意識が高まったことで大人/子供という区別の重要性はかえって高まってしまったといえるだろう。「人間」としての資格によって自尊心を保とうとするなら、他の差異が使えなくなった今となっては、「子供ではない」という基準こそ最後の砦であるかもしれない。

「子供っぽさ」とは未熟、未完成、欠如といったものであり、対比される「大人らしさ」は何の欠落もない完全さとなるだろう。このとき、甘えとは不完全な子供が不足さを大人に補ってもらうために特別に許されるものである。したがって大人になっても甘えを卒業できないものは「われわれ」の社会の一員たる資格をもたない。

甘えは自立の妨げになるから厭われるのではない。「完全で自立した大人」対「不完全で甘えた子供」という大きな枠組みの中で他の概念と複雑に絡み合い、それらの文脈の中で多様な意味を与えられながら、人間の否定されるべき、あるいは排除されるべき側面の核となっているのが甘えなのだ。

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このような枠組みの中で人間関係はどのようなものであるのだろうか? 人間が完全な存在であって何でも自分で出来るのなら、他者の存在は必要でない。それなのになぜ人は他者と関係を結ぶのだろうか?

この問題を回避するひとつの方法は「人間」の条件に「社会的であること」を付け加えることである。人間関係は人間の存在そのものと不可分に結びついている。これが出発点であって理由などない。他者と関係を結ばない人間は「人間」の範疇にはいらないだけだ。これでは議論にならないので、もう少し穏健に説明しようとするなら、人がそれぞれ占めている社会的位置に伴う義務として説明することができるだろう。人には社会の中に占めている位置、果たしている役割というものがあって、夫や妻もそのような社会的地位に当たる。夫婦の関係を保つということはすなわち夫(妻)としての役目をきちんと果たすことだ。そしてこの役割を果たさないことで甘えと非難されるのはありそうな話だろう。

これによって甘えという概念に生じたある微妙な変化が説明される。甘えは本来対象を必要とする。しかし、ここでの甘えは自己の役割に焦点があって対象が必ずしもはっきりしていない。今や「甘え」は「完全でないこと」それ自体を指し示し、大人/子供の対立関係の中で社会の成員としての欠格を告発する用語となった。

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対象を失ったのは「甘え」ばかりではない。この論理によれば、人間関係において相手は重要でない。自分の行為の結果は相手がどう受け取るかではなく、社会的にそうすべしと認められているかどうかによって判断される。自分が社会的になすべきことをしてさえいれば、相手が不満を抱いていてもそれは相手が悪いのだ。逆に互いに幸せで満足していたとしても社会的な条件を充たしていなければその関係はちゃんとしたものとして認められない。

完全な人間にとっての人間関係を説明するもうひとつの方法は関係を余剰物として捉えることだ。人間の条件をすでに充たしてしまった人間が、余った時間やエネルギーを振り向けるもの-私的であまり重要でない人間関係がこのカテゴリーに入るだろう。このような関係はいわば単なる嗜好品であって、完全な人間が自分の存在にとって意味ある何かをそこから得ることはない。これ以上の何かを「本当の関係」などといって求めてしまうことは、不完全さを自ら暴露してしまうことであるし、相手への依存であってつまり甘えである。ここでも人間関係に相手の存在は意味のないものである。

私たちはこの相手なき人間関係を生き続けるべきなのだろうか? 「受身的対象愛」とも表現される甘えは、相手の存在を強く要求する。そもそも、甘えなき人間関係は必然的に相手なき人間関係であるかもしれないのだ。ストーカーのような現代的な問題のいくつかは、そうすべきではないということを示唆しているようにも思われる。甘えを肯定する論拠としては不十分かもしれない。が、私たちはそうまでしなければ自尊心を守ることができないのだろうか? あるいは自立という目標はそれだけの価値があるのだろうか? そうではなくて、人間関係に相手を取り戻すことで私たちの人生がよりよいものになる可能性を探った方がいいのではないか?

甘えという概念はこのような試みに大きく貢献できると私は考える。甘えは、人間と人間もどきをめぐる西欧的な対立の枠組みを柔らかく穏やかに変えられるかもしれない。奴隷が奴隷でなくなるには支配者に対して革命を起こさなければならない。甘える子供は自立した大人から様々なものを学び取って自由になりうる。そしてそのことに劣等感を感じるいわれはない。それどころか大人になって他人から何かを学びとるのは品位ある行動でもあるだろう。私たちが現在人間を語るときの大きな枠組みの中で混乱している「甘え」をそれぞれの文脈で丹念に再検討すること、それが必要だ。―次回それについて書くつもりはないけれど。

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2000/12/8 Friday

自助サークル紹介「あるがまま」

Filed under: 公開記事 — admin @ 0:00:44
執筆者
高尾晋

【注意】この記事は2002年12月段階のものです。現在は北海道札幌市で月に1回開催。第2か第4土曜日の夜0時前後まで。(クラヴェリナ編集部)

ひきこもりや対人関係が苦手な人たちの集まり「あるがまま」を始めて、2年半が過ぎた。当初は僕を含めて3人程度で始めた集まりだったが、多いときには20人以上も集まる時期もあった。最近は常連さんが調子を崩したりと、10人前後に落ち着いている。会場は僕が運営委員を務める障害者の共同作業所。札幌駅から歩いて15分程度の便利な場所だ。もともとはイタリアンレストランだったので、室内は喫茶店やバーといった感じ。20人が入ればいっぱいというこじんまりとしたスペースに、テーブルやいすが雑然と置かれ、薄暗い照明が照らす。決してきれいとはいえないが、こうした雰囲気が「落ち着く」という人が多い。

毎月第二、第四土曜日、僕は午後7時ごろに鍵を開け、来る人を待つ。「きょうは誰が来るかな」。そう考えているうちに、人が現れる。初めての人には「あるがままノート」を「もしよければ、一言書いてね」と手渡す。「ノート」は初めての参加者に自己紹介などを書いてもらう。いきなり人前で声を出しての自己紹介だと緊張するだろうかと、ノートを用意しているのだ。「高校を半年で中退、以後5年間ひきこきもる…」一番目には僕の自己紹介が書かれている。それ以後、数えてみたら80人近くの人の名前が書かれている。この「ノート」を見れば、どんな人が来ているのか分かる。初参加者は、しばらく眺めてから、書き始める。

参加者は20代や30代が中心で、たまに10代、40代の人も顔を出す。比較的、男性が多いものの、女性が半数を占める日もある。いわゆる「社会的ひきこもり」の人だけでなく、いろいろな悩みを持った人がやってくる。うつ、アルコール依存、アダルトチルドレン、トランスジェンダー、知的障害、統合失調症…。基本的には誰でも受け入れる。差別や区別をするのがいやなので。来る者は拒まず、去るものは追わずが「あるがまま」の基本精神。社会にはいろんな人がいる。自分を認めてもらいたければ、他人も認めなければならない。それを身をもって知る場所でもあるのだ。

集まりには特に決まりごとはなく、好き勝手に来て、好き勝手に帰る。無理にしゃべる必要もない。ただいるだけでいい。酒を飲むのも自由だから、飲みたい人は飲む。自己責任の原則で。ただ、酒で問題が起きることもある。乱闘騒ぎもあったし、トイレにひきこもって、何時間も篭城した人もいた。そうした問題が起こると、メンバーから禁酒にすべきという声がでる。でも、いまだに禁酒にはしていない。僕は、自分の体験上、酒を飲む練習の場も必要だと考えているから。僕が初めての酒を席は、大学入学して間もないクラスのコンパ。23歳の時だ。5歳年下の同級生のほうが、酒の経験は豊富。年上なので、飲めると思われて、ビールをすすめられ、顔が真っ赤になり恥ずかしい思いをしたことがあるのだ。

時間は制限を設けていないので、遅いときには午前2時ごろになるときもある。僕もそうだが、ひきこもり系の人たちは人とはすぐには打ち解けられない。とにかく時間がかかる。2,3時間では足りない。ゆったりとした時の流れの中で、少しずつ心が開けてくる。仕事やアルバイト、学校、病院のことなど、いろんな話題が出るけど、やはり一番盛り上がるのは恋愛かな。先日は初参加者の女性から「病気の人同士が付き合うのって難しいですか?」といきなり聞かれた。それぞれが自分の経験や身近なカップルの例を持ち寄って、彼女にアドバイスした。そして、次は音楽の話に。「イエモンが好きなの」「えっ!私も」…。

このように「あるがまま」に時は過ぎて行く。僕は出会い、交流の場所を設定しているだけ。会報もないし、ホームページもない。ただ、僕の携帯番号やメールアドレスは、原則公開している。道立や札幌市の精神保健福祉センターに問い合わせたら、「あるがまま」を紹介してもらえる。そして、マスコミの取材も積極的に応じる。それは、今現在、ひきこもっている人たちに「あるがまま」の存在を知ってもらいたいからだ。「今は行けないけれども、いつか出られるようになったら、あそこに行こう」。そう思ってくれる人が必ずいるはず。そんな思いが始めた時から常に頭にある。だから、いつまで続けられるか分からないが、たとえ僕一人だけになっても続けるつもりでいる。なにより僕にとっても仲間と出会える大切な場所であるから。

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